奇術師・松旭斎天一と藤島神社

  • 2011.02.19 Saturday
  • 15:06
JUGEMテーマ:ニュース
 

奇術師・松旭斎天一、後世に 日本協会・藤山氏、取材で来福

 福井市出身の奇術師松旭斎天一の資料を見る藤山新太郎さん(右)=18日、福井市郷土歴史博物館
福井市出身の奇術師松旭斎天一の資料を見る藤山新太郎さん(右)=18日、福井県の福井市郷土歴史博物館


 松旭斎天一 松旭斎天一


 福井県福井市出身で明治期を代表する西洋奇術師松旭斎天一(しょうきょくさいてんいち)(1853〜1912年)の伝記を書くため、日本奇術協会副会長の藤山新太郎さん(55)=東京都杉並区=が18日、福井市郷土歴史博物館や天一ゆかりの地を訪れ、資料収集や取材に当たった。

 藤山さんは、天一から数えて5代目の弟子に当たり、日本の伝統奇術「手妻(てづま)」の第一人者。「水芸」や、左右の親指を絡めたまま柱を“貫通”させる「サムタイ」など、天一の芸を継承している。

 今年刊行予定の「松旭斎天一伝」(仮称)の資料収集のため、福井奇術同好会の山口敏雄会長らと福井市郷土歴史博物館や天一の墓がある同市の通安寺などを回った。同博物館では、郷土史研究家だった故青園謙三郎氏の寄贈資料などを閲覧した。天一が晩年に好んで描いただるまの絵や書の写真の複写、資料の掲載許可を申請した。

 長年、天一の研究を続けてきた藤山さんは「天一は日本伝統の奇術と西洋奇術を融合させ、現在のショーの礎を築いた。日本の奇術史で絶対にクローズアップさせないといけない1人であり、福井で新たな資料を見つけたい」と話していた。

 藤山さんは執筆に当たり、明治、大正期に人気を集めた福井市の劇場「照手座」の写真を探している。連絡先は=☎03(5378)2882。

 松旭斎天一 福井藩士、牧野海平の8番目の子として1853(嘉永6)年、現在の福井市に生まれる。幼名は八之助。15歳で放浪の旅に出て奇術を覚える。米国奇術師ジョネスに出会い、中国・上海で修業する。80(明治13)年、松旭斎天一と改名し、大阪で天一一座を旗揚げ。東京へ進出し名声をつかみ、89年には天皇、皇后両陛下に御前公演。91年、「照手座」で福井初公演。1910年に体調を崩し翌年、一座を解散し引退した。


(以上、今朝の福井新聞の記事=福井新聞HPより記事を転載)




 松旭斎天一と藤島神社

 藤島神社の一ノ鳥居脇に、天一の奉納した大灯篭が一対あります。
 福井藩士出身の天一は、武門も守り神である藤島神社に大変心を寄せ、東京ほかで活躍の中、時々福井へ帰ってきては当社を崇敬・参拝されたようです。
 その結果、明治末年、それこそ死の直前、嶺北夕唯一の官社である当社へ崇敬の誠を表す一対の石灯篭を寄進しました。
 時期を同じく、弟子の天二によって一ノ鳥居脇の手水舎鉢が寄進されましたが、昭和8年の昭和天皇御親拝の際、手水舎が上の二ノ鳥居下へ移築される際に改まり、残念ながらその手水鉢は残っておりません。











 明治42年8月吉祥建之とある。








 

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